「お義兄《にい》ちゃん聞いてる?」
「お? おお、聞いてる聞いてる。ま、まぁ急がなくていいからな、うん。あ、手伝うことがあったら言ってくれ。なんでもやるからさ」 「えぇ~? でもお義兄《にい》ちゃん何にもできないでしょ~?」 くすくす笑いながらキッチンへと向かう伊織。たしかに何もできないけど、少しは兄らしいことをしたい。『シンジ君て義妹《いもうと》ちゃんには優しいんだね』
真横に突然現れたカレンに思わずビクッとする。
「おう? 俺は誰にでも基本的には優しいんだよ」
ビックリしたことを悟られないように、ちょうど入ってきた伊織に顔を向けて会話を始める。「なぁ伊織、セカンドストリートって……何かしってるか?」
「え? なに? お義兄《にい》ちゃんにセカンドストリートに興味あるの?」 ちょっと、情報が欲しいから知ってるならば教えてもらおうかと思っただけだったが、意外と食い気味に上体を俺の方に寄せてきた。対面に座っている伊織の顔が今は目の前にある。――う~ん、ちかいよね。かわいいけど。俺が照れるよ。
「え? なに? 有名なのか?」
「お義兄《にい》ちゃんテレビとか音楽とか興味無いからねぇ……。部屋もなんかなんもないし」 ――あれ? 伊織さん、お義兄《にい》ちゃんの部屋に入ったことあるみたいな言い方だけどいつの間に入ったのかな? 最近か?なら危なかったなって今はそれはいいとして。「で、セカンドストリートってなに?」
焦る内心を表に出さないようにして伊織の方を向く。 「あ、うん。セカンドストリートっていうのは、今、わたしたち位の歳のコの間でめちゃくちゃ流行ってる女の子のアイドルグループだよ。あ、待ってて、私CD持ってるから」 伊織が二階へ駆け上がって行く。今更だけど、伊織は二階に、俺は一階に部屋がある。再婚した親父が増える家族のためにもともとあった荷物部屋を改築したのだ。戻ってきた伊織の手には数枚のCDが大事にぎられていて。
「はい、聞いてみて!」 笑顔のままの伊織から、結構な勢いのままに手渡されたものをじっと見つめる。もちろん俺にはそんなものに興味があったわけではない。そのまま伊織はキッチンまで歩いて行き、買ってきたものをエコバックから出して野菜を洗いはじめた。まいったな、と渡されたCDを一枚ずつ見ているとあることに気づいた。確認するように裏返してみると……。これから伊織がキッチンにて料理を作ってくれるというので、俺は何もすることが出来ない。ならばと自分の部屋で調べものをする事にした。ついでに時間が有れば先にシャワーを浴びたいので声がかかるまでに終わらせようと歩き出す。
リビングから自分の部屋まではそんなに距離がない。数秒で到着し部屋のドアを開けた。 部屋にドアを開けると、カレンがベッドに腰を下ろすような姿勢で浮いていた。 黙ったまま俺は椅子まで進みそこに腰を下ろした。 そのまま少し時間が過ぎる。「で? これからどうする?」
『え? あ、うん、もちろん、体をさがすんだけど……』 「わかった。なら明日から動こう。今日はもう少し考えを教えてくれ」言いながら俺は、勉強机の上にある何もない部屋にある唯一の電子機器のノートパソコンの電源を入れる。
先程のキーワードを検索するために。『聞いたんでしょ?』
「え? 何が?」振り向いた俺の横に、顔を近づけるように腰を曲げて覗き込むようにカレンが浮いていた。
先程の件もあってか、近いカレンの顔にドキッとする。やっぱりこのコもかわいいんだよねぇ。 なんて考える。と、起動中だったパソコンが立ち上がったので向き直り、先ほどのキーワードを検索にかかる。
『だから、セカンドストリートのことよ』
「ああ、まあ少しだけな」 カチッカチッとマウスを移動させながらそっけなく返す。『気づいてないわけないわよね? 私がそのセカンドストリートのカレンだって事』
「ああ、まあこれを見ちゃうとなぁ」 カチッカチッ『ちょっ!! 聞いてるの!? 私がカレンなのよ?』
「おわっ!!」 にゅ!! と机からカレンが顔を出す「なにすんだよ!! ビックリするだろが!!」
『だって、シンジ君がちゃんと聞いてくれてないんだもん!!』 「だからっていきなりこんな所から出てくるなよ!!」 『アイドルの私の顔をタダで近くで見られるんだから光栄に思いなさいよ!!』 フンって感じで顔をそらすカレン ――さすがアイドル怒った顔もかわいいすネ。初めて見かけたときもちょっと思ったんだけど。でもね。「誰だ? それは? 俺が知ってて今、目の前にいる知り合いは日比野カレンだ。セカンドストリートのカレンなんて女の子じゃないかなぁ」
カチッカチッとマウスを使いながらパソコン画面に出ている情報を一つ一つ確認していく。少しばかり時間が経過したが、その後カレンからは何も言葉は返ってくることなく、そのまま時間が過ぎていく。 ――あれ? 怒ったのかな? 内心ドキドキしながらベッドに視線を向けると、カレンは大人しく座るような恰好で浮いていた。彼女は俯《うつむ》いたまま。それでもまだ何かを発する様子が見えない。しかたないのでため息を一つつき、そのまままたパソコンに視線を戻して暫らくした頃、ようやく小さな声がベッドから発せされた。『ありがとうシンジ君』
「な、なんだよ急に」 ベッド視線を向ける。 『シンジ君はあたしと話をしてくれてたんだ』 「どういう意味だ?」 彼女が言っている事は察しは着くが、気恥ずかしさからとぼけてしまった『そういうことでしょ? アイドルのカレンじゃなくて、今日会って話をしてる、今目の前にいる日比野カレンと話をしているって事でしょ?』
「ま、まあなぁ……って言っても目の前に実際に居るとは言えないけど、だからと言って驚いてないわけじゃないぜ? 妹からも少し話は聞いたし、人気なんだろ? お前ら。でもな、俺の前で困ってたのは幽霊だった日比野カレンという存在の君だ。決してアイドルのカレンとして話しかけてきた訳じゃなかった。ただそれだけだよ」 『やっぱり、あなたでよかった……」 そう言ってカレンはまた下を向いた。――こういうときってどうすればいいのかよくわかんないな。 ま、まぁカレンが怒ったりしてなくてよかった。少し部屋も暖かくなった気がするし。さっきまでは何となく空気的に寒かったからなぁ……。と、とりあえず風呂にでも入ってくるかな? うんそうしよう。
カレンとの会話を続けることが今の自分には難しいと判断して、この場を一旦逃げる事にした。
「えと、カレン話は風呂入ってからでもいいかな?」 『え、ええ、別に構わないわよ?』 またカレンが下を向いた。――良かった。けど、なんかさっきとは雰囲気が違うな。
「じゃぁ、悪いけど」
『はい……どうぞ』 タンスを開けて着替えを手に持ち風呂場へと向かう為に部屋のドアまで向かう。チラッと見えたカレンが恥ずかしそうにしてたのは気のせいだという事にしておこう。そのまま廊下を歩いて脱衣所に着いて上着を脱ごうとした時あることに気付いた。真横にふわふわと浮いているモノがいることに「カレン」
大きなため息を一つついてそのふわふわ浮いている奴と向き合う。 『なに?』 「なんで君がここにいるの?」 『なぜって、私はあなたに憑《つ》いてるんだものあたりまえじゃない』 「…………」――なんですとぉおおおおおおおお!!
驚いている間にも思い出したことがある。あの時、確かにカレンは言っていた。
義妹《いもうと》ちゃんには手を出さない。
『私は今こんなだし? なら優しくしてくれてもいいんじゃない? 別にいいでしょ? 見られて減るものじゃないんだし』
「う、うるさいな! 俺は基本的に人には優しいんだよ!! というかそれと今の状況とは関係ないだろ!!」――まったく、なんなんだこいつは突然現れやがって。たしかに伊織には少し甘いかもしれないけど、おれは基本優しい人間なのに。
「ていうか、なんでお前家の中までついてくるんだよ」
『あらシンジ君、女の子を家から追い出そうなんする人が優しいなんて言えないんじゃない? それにこれから暗くなるし危ないじゃない、ネ?』 「ネ? ってたしかに女の子かもしれないけど、そもそも、お前今は人じゃないじゃん!! 夜とか昼とか内とか外とか関係ねぇだろ!」 『あら、やっぱり冷たい。シンジ君って困ってる人をほっとける人なんだ?』 「そ、それは……」 ごにょごにょと口の中で言いよどむ。『それに!』
俺に向けて指を突き立てるようにしながら顔をのぞきこんでくる。 「な、なんだよ?」 『その、お前ってやめてくれない? 気になってたのよね。今はこんなふわふわ浮いたりしてるけど、私にはちゃんとカレンって名前があるんです!!』 「お、おお? ご、ごめん。でも、その……俺は義妹《いもうと》以外に女の子を名前で呼んだことなんてないし、だいたい女の子と話すのだって、あんまりないっていうか……ほぼないいっていうか……」 下を向いて更に言いよどむ。 そう自慢じゃないが俺はクラスの中でも全然目立たない部類の男子だ。当然のことながら女の子と話すのなんてハードルが高すぎる。「お義兄《にい》ちゃん? 誰と話してるの? 電話中?」
キッチンにいたはずの伊織がドアを開けて顔だけ出している。
そういえば俺は誰もいないはずの小さな部屋で大きな声を出していたんだなと改めて思い直す。「い、いや、何でもないよ。誰とも話してない。テレビじゃないのか?」
あははははっと笑ってごまかす。 ――とりあえずこのままここで話してるのはまずいな。うん、よし。「じゃあ、悪いけど出来たら呼んでくれるか? 俺はこれからシャワーを浴びる、終われば部屋にいるから」
「うん、わかったぁ。もう少しだからまっててね」 素直に返事してくれるのは嬉しい。 「おっかしいなぁ、確かに話し声が聞こえたんだけどなぁ……?」 なんて言いながらも素直にキッチンに戻っていく伊織。――すまん義妹《いもうと》よ。兄ちゃんはウソをついてしまった。
キッチンに手を合わせてゴメンネと顔の前で手を合わせる。 数十分後に頭を拭きながら自分の部屋にはいった。 『シンジ君の部屋だぁ~、へぇ~、』 「おい! ふわふわしながら何を探してやがる!」 『そんなの決まってるじゃなぁ~い、男の子のへやにきたらやることはエッチな本を探すのがお約束でしょ?』 「いやいやいやいや、な、ないから!! そんなお約束もそんな本も」 『ほんとかなぁ~?』はぁ~まったくなんなんだよこのお嬢様は。同年代の女の子ってみんなこんな感じなのかな?だったら俺やっぱりついていけねぇや。それ以上にお前ホントに幽霊ちゃんなのか?全然違うじゃねぇか。
ベッドの端に腰を降ろして目の前をふわふわ浮かぶカレンを見つめる。ほんとに何でこんな子が幽霊なんかになったんだろう?「ちょっと、話してもいいか?」
『なぁに?」ふわっとした身体をこちらに向けて柔らかい笑みを浮かべるカレン
さっきまでは下を向いたり、横顔だったりで見えていなかったが、こうしてよく見るとやっぱり今時のお嬢様って感じの雰囲気のする、目鼻立ちのしっかり整った顔のアイドルっぽい顔をしている。どくっ
――あれ? 今、一瞬だけどなんか変な感じがしたけど気のせいかな?
「少し話してもいいか?」
『うん、そのためについて来たんだもん』 「なら家探《やさがし》しすんのもうやめてくれ」 『はぁ~い』 手を挙げたカレンが素直に机の前にある椅子に腰を下ろす。正確には浮いてるんだけど。「カレン……きみは自分の体は生きているって言ってたけど、何か心あたりあるの?」
『……ある……と思うわ』 「そうか……ならそのあるという根拠を話してくれないんじゃ俺にはどうしようもないよ。言いたくない部分は言わなくていいから少し聞かせてくれないか?」彼女の方を見ると、どうしようか迷った顔をして俯いていた。
「お義兄《にい》ちゃ~ん! ゴハンできたよぉ~!」
ドア越しに伊織の呼ぶ声が聞こえてベッドから腰を上げる。 何も話してくれないなら、この部屋に漂う冷たい空気と重たい空気から逃れたい。とりあえずメシでも食べに行こうかな。腹減ったし。カレンには悪いけど俺は生きてるし。『セカンドストリート……』
部屋のドアを閉める前にカレンが呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった――。
あなたは目が覚めた時、目の前に白い顔をしたかわいい少女がのぞきこんでいたことがありますか? しかも、アイドル級にかわいい顔が。 俺はあります。今まさにそう。 うらやましいって? ほんとに? ほんとにそう思いますか? それが人間じゃなくて幽霊でも?「んんくっ!!」
寝起きの俺の開眼して映った光景に言葉にならない声をあげた。 寝起きに隣に人じゃないモノがいた時でさえこんなに驚いたことはない。だって経験したことなかったから。そりゃ俺だって、青春時代?を送る男子高だし、こうゆうシチュエーションを夢に見ないやけではない。ただそれは生身の人にであって、けして幽霊にではないのだ。「お、おまえ、俺の夢の一つを勝手に壊すなよ」
『あら、やっと起きてくれたのね。さっきから前で待ってたのに全然起きないんだもん』 ようやくモヤの取れてきた頭を起こして体にかけていたタオルケットを上げる。時計を見ると昨日と同じような時間を指していた。 休日だというのにこの藤堂家はいたって静かだ。両親ともに仕事の都合でいないことが多いし、妹は俺と違ってコミュ力が高いから友達やらが遊びに来て出かけることがしょっちゅうだった。今日は伊織は部活とか言ってたっけ。昨日夕飯時にした会話を思い出す。『で? さっきの夢の一つって何よ?』
ふわふわとベッドの周りを浮きながらのぞき込んでいるこの人じゃないモノは、自称生きている日比野カレン。つまるところの[幽霊]さんだ。ある約束のために俺に憑《つ》いているらしい。「あー、別に……。たいしたことじゃないから忘れてくれ」
『えぇ~、気になるし』 「うるさいなぁ」 言いながら「うりうり」って感じに指で肩をつつこうとする。――体をつつくな!!どうせ通り過ぎてくんだから。
案の定俺の体を素通りしていくカレンはほっといて、とりあえず着替えをするついでに出かける用意もしてしまう。引きこもり気味の俺だが、一応出かけるとき用のための服はある程度持っている。まブランドものってわけじゃないけどね。『シンジ君、今日から始めるのね?』
「そうだな。昨日カレンから詳しく聞いた事を基にして、君の周りの人たちから情報を集めていくことにするよ」 『わかったわ。私も憑《つ》いていくからできる限り協力する』 ――あれ? 今なんか言葉のニュアンスが違ったような気がするけど。 むん! という感じで胸の前で腕を突き出すカレン。気合を入れてるポーズのようだ。そんなカレンを見て苦笑いする。「いいか、前もって言っておくけど、あんまり俺に近づくな。君たちみたいなモノが近くにいると寒いんだよ」
『なによぉ、そんなこと言って。あ、わかった! テレ? 照れてるんだ!!』 「ぶっ!!」 思わずむせる。「かわいい~」とかなんとか言ってるけど、俺はそもそも人じゃないモノとか嫌いなんだからな!! ま、確かにカレンはセカンドストリートっていうアイドルだというだけあって外見はかわいいんだけどな。 「しゃべらなきゃな……」 こころの声が漏れてしまっていた。 『え? なに?』 「なんでもねぇよ!いくぞ!!」 『あぁ~っと、まってよぉ~』 ――あぶねぇ~! 聞かれたらハズいじゃねか。それから夕方までカレンの学校の友達とか事務所とか立ち寄りそうなとことか、一応聞ける情報を集められるだけ集めてみた。途中、カレンの友達やらにカレシと間違えられたり、事務所の偉い人から関係を深く追及されストーカーに間違えられて、警察に通報されそうになったりと冷や汗をかく場面もあったが、後ろに憑いてきて来ていたカレンが助け舟的なアドバイスをくれておかげで何とかやり過ごすことができた。
そして思い知る。芸能関係に限りなく接点がない俺でも理解できるくらい、[セカンドストリートのカレン]はアイドルなんだということだ。一通りのスキンシップが終わったであろうか、立夏と呼ばれた女の子がこちらを向いて挨拶してきた。「いらっしゃいませ。私は新島立夏と言います。七瀬ちゃんに話は聞いてます。あんなとりとめのない話の為に今日はわざわざありがとうございます。ささ、どうぞ中に入ってください」 半身だけ向きを変えて門の内側へと手を指す新島さん。その行動に一番に反応したのが立花先輩で、そのまま入って行った。「皆さんもどうぞ。遠慮なく」「あ、ありがとうございます!!」 元気よく相馬さんが返事をすると立花先輩の後を追うように進みだした。その背中を追ってカレン・伊織・俺の順で中に入って行く。「ふあぁ~……」 声に出したのは伊織。中に入ってみたのはとても立派な日本庭園ともいえるような広い庭。そしてその少し奥に日本家屋が堂々たる佇まいを見せていた。少し離れたところに蔵らしきものや小屋のようなものが有る。 この辺でもかなり大きな敷地を有するだろうことは、入ってきた門に至るまでの間に通ってきた塀の長さによって予想はしていたが、その予想を大きく上回る広さと日本らしさの見える風景に圧倒された。なのでこの空間に入った時の、伊織のため息にも似た声には共感できた。「ん?」 そんな感想を持ちつつみんなが進んでいくので、それについていく最中にちょっと気になる気配を感じた。「どうしたの? シンジ君」 俺が漏らした一言に反応したのはカレン。俺と伊織が並んで進んでいたが、その前を相馬さんとカレンが並んで歩いていた。俺の一言に反応したカレンと相馬さんが振り返る。 同時に俺と伊織もその場に立ち止まった。「どうかしたかな?」 門を閉じてから俺たちの後を付いて来ていた新島さんが、俺たちのすぐ後ろまで来て声をかけてきた。「お義兄ちゃん?」「……伊織」 俺は先ほど感じたものを伊織も感じていたのかと、伊織の方へと顔を向ける。しかし伊織は不安そうな顔をしているだけで、何かを感じた
数日後にようやく予定の組めたメンバーに、一人を混ぜた俺たちは、今回の現場となる家へと向かっていた。メンバーは――。「立花先輩の家から近いのですか?」 言いつつ立花先輩の横から顔をのぞかせる相馬さん。「学校からは歩いて十五分くらいかな?」 右手の人差し指を顎に沿えて、その質問に答える立花先輩。「皆、私は確かに年上だけど七瀬でいいよ?」「私たちは学校が違いますけどいいんですか?」 皆を見渡しながらニコッと微笑む先輩に、カレンが質問を返した。「もちろんいいよぉ~!! あんな事に巻き込んじゃったし、解決してくれた恩人じゃない!! それにちょっと距離を感じちゃうっていうか……」「私はまだ中学生ですし、お義兄ちゃんたちの学校に進学予定ですけど、やっぱり先輩は先輩なので……」「そっかぁ……伊織さんはウチに来るんだねぇ。でも来る頃には私はいないのかな?」 などという会話が、俺の前を歩く女子群からなされている。つまるところ今回招集に応じてきたのは、俺たち義兄妹とカレン、それに相馬さんと立花先輩の五人。ほかのメンバーは調べることが有るとか、家に行かなければならない用事があるとかで来れないと事前に連絡が伊織に有った。 この日は、詳しい場所などを事前にメールなどでもらっていたが、突然押し掛けることはできないのと、知り合いの人が居ない時にマズいんじゃないか? という理由で、土曜日の午後に俺たちが通っている高校の正門前で一旦集まる事にした。 最近はこうしてメンバーが集まる事が増えてきたので、そこまで緊張したりすることは無いが、制服姿ではない私服を纏った美少女と言われても問題ないくらいの女子達。その中にはやっぱり会話だけとしてでも入って行くのは難しい。いやここに大野君のような、ある意味、空気の読めないキャラが居たのであれば違いはあるのだと思うが、あいにく俺はそんなことが出来るような高等スキル持ちではない。 なので、彼女たちがお話をしながら進ん
「ところで先生」「なに?」 女子陣の話がすでに三十分を過ぎたころ、俺は視線を女子陣に向けたまま、先生に振った。「今日は先輩を連れてきたのが、本当の目的なんですか?」「あら……やっぱり、そういうところは鋭いのね」「そういうところって……」「確かに、それが目的の一つではあったけどね」 そういうと先生は両手をパンパンと二つ打ち鳴らし、注目させるようにした。「はいはい。盛り上がるのは良いけど、立花さん目的の事話さないといけないでしょ?」「あ!! そうでした!!」 椅子から立ちあがりながら、両手をクチの前に掲げてオロオロし始める先輩。ちょっとかわいいなと思ったら、なぜか響子さんと伊織から睨まれた。――何故だ!? 俺が何をした!? 心の中で動揺を隠せない俺の姿に、先生はクスッと笑うと、先輩の元へと歩いて行く。「今日、部室に立花さんを連れてきたのは理由があります。あなたたちにお礼がしたかったという事が一点、そして――」「相談したいことが有ってきました」 先生の言葉を継いだ先輩が大きく頷いてからその言葉を口にした。 再びみんなで輪になるように座り、先輩が話し始めるのを待つ。「相談したいことというのは、私の近所の家に住む友達の事なんだけど、そのお家って結構古くからある家らしくて、先祖伝来っていうの? そういう類の品がいっぱいあるんだって。それで、いつの事だったかはちょっと覚えていないらしいんだけど、物置を掃除したんだって。ほら今って断捨離っていうの? 流行ってるじゃない。それで必要の無いモノは処分しようと思ったんだって」 そこまでいっぺんに話すと、先輩は一息入れた。「それで、その処分をし始めて結構すっきりした後に、その部屋を新しくリフォームして普通に過ごせるようにしたらしいんだけど、どうもそのころから変な夢やら、出来事が起きるようになったみたいで、毎日よく眠れないって話してくれたん
時の流れは止めることが出来ない。人の流れも止める事は出来ない。そこで起きた事も生まれた命も、失ったことも全ては記憶からなくなっていく。記録にすら残される事の無い営みの中には、決して忘れることのできない者たちが存在する。 それは形があるモノ。無いモノそれぞれで。想いの大きさ、深さは宿ったものにしか分からない。だからこそ、そのもの達はまた世に出ることを願う。時が経っても想いを捨てることが出来ずに。 さて、我らが心霊研究部が発足してすでに二週間ではあるが、特にこれと言ってどこかに行って問題を解決したりなどという事もなく、いたって平和な毎日を送っていた。作ったは良いが、どのようにして運用していくのかなど、全く構想していなかった相馬さんがすごいのか、そんな部活を承認した学校が凄いのか分からないが、とにかく何かに手を出すこともなく、何となく皆が来ることのできる時間に集る場所になりつつあった。 部室には一応の設備として、デスクトップ型のパソコンが一台とノート型のパソコンが一台用意してもらっていた。これは前回の事件において、顧問になった平先生が元々所属していた部活から――少しばかり強引ではあったが――譲り受けた形になっているので問題がないデスクトップ型と、先輩を助けたお礼として、先輩のご両親から提供してもらったノートパソコンなのだが、お礼の先が大野君となっていることに納得がいかない伊織は、ノートパソコンには一切近づかないという何とも不思議な使用法をされている。 現在は相馬さんがノートパソコンで何かを検索していてその隣に日暮さんが座っており、伊織がデスクトップ型の前で何やら動画を見ている横で響子さんと理央さんがその画面をのぞき込んでいた。 カレンは本日、歌番組の収録があるという事で不参加。大野君は男友達とどこかへ行くという事で不参加と連絡を貰っていた。大野君の事に関しては伊織の機嫌が悪くなるので来なくて正解だと思う。――伊織がここまで怒るってなかなかないんだよな。何が気に入らないのかまるで分らないのが更に怖い。 と、そんな部室内の様子を見ながら考えていた。
『やっぱり来ちゃったか……』「ひっ!!」 画面の向こうからは、先ほどと同じ声で同じ姿があった。その声と姿を見た先生は短く悲鳴を上げたが、逃げ出そうとはしなかった。「よう。そろそろいいだろ?」『……君達には関わりたくないわね。はぁ……しょうがないか……。でもこれで終わりじゃないわよ?』 画面の向こう側で笑っているような顔が想像できた。「わかってるさ。完全には追えないことくらい」『そう。じゃぁ……ここにはもう来ないであげる』 その言葉を最後に、画面に映った物は消えて、白い背景だけが残った。俺はため息を一つついてパソコンの電源を落とす操作に入る。「と、藤堂君……どうなったの?」「ヤツは、世界中のどこかの回線へと逃げました。もう……当分ここには来ないでしょう」「じゃぁやっぱり……」「えぇ。このパソコンが一番念を貯めこんでいた。先輩はソレを開放してしまったんでしょうね……」 そんな話をしているとパソコンの電源が落ちて、部屋の中は夕日が沈みゆくオレンジ色に染まっていた。 このパソコンはこの学校で、数十年前に電子通信部という部活が出来てから導入されたらしい。その部活は既に廃部になっていて、この部屋はパソコンを使う授業などに使われて久しいという。その当時からパソコンに触れていた人たちの負の念が溜まりにたまっていた。そこにこの事件にかかわる事になった先輩が何かの拍子に開放してしまったのだろう。先輩の弱さに付け込まれ利用されたというべきか。だから最後にはこのパソコンに戻ってくると思っていた。 俺は、この最後をするために残っていたわけだが、さすが何が起こるか分からないところに、皆を巻き込むわけにはいかないと、先に帰ってもらったわけだけど。「さすがね」「え?
「あいつは完全に消えちゃいないってこと。どこかで時が来るのを待っているはず。またこういう事が起こったその時は、また動き出すんじゃないかな……」「え? でもさっき千夜が連れてったんじゃ……」 カレンの声が尻すぼみになって消えていく。俺は伊織の方へ顔を向けた。「伊織は気づいたか? アイツの存在が薄くなったのを」「はい……でも完全には消えませんでした……」「つまりはそういう事。アイツは俺たち人間が心を持っている限り、完全に消したりはできないんだと思う。今回は少しやりすぎたから千夜の、死神にも目を付けられたけどね」 部屋の中に沈黙が下りた。「とはいえ……俺たちにできる事なんてあんまりないんだけどね。せいぜいがあんまり人を恨んだり、ねたんだりしない事、そのことをこうして書き込んだりしない事くらいかな?」 俺は努めて明るい声を出して、部屋の空気を変えようとした。「それが難しんでしょ……」 カレンの言葉で更に暗くなる部室内。 ちょうどそこへ、出しっぱなしにしていた俺のケータイに着信が入る。表示は平先生となっていた。 俺は再びスピーカーモードにして着信に出る。「はい。どうしました? 何かありましたか?」『あ、藤堂君? 近くにまだみんないるかな?』 向こう側から聞こえてきた声は先ほどとは違い落ち着いていた。すでに先輩宅から離れ始めたのかもしれない。「えぇ。まだみんな部室にいますけど……」『えぇと……言い忘れていたんだけど』「なんですか?」『私、あなたたちの顧問になることにしたから……よろしくね』「「「「「「「やったぁ~!!」」」」」」」 それまで静かだった部室が一気に華やいだ瞬間。