Mag-log in「お義兄《にい》ちゃん聞いてる?」
「お? おお、聞いてる聞いてる。ま、まぁ急がなくていいからな、うん。あ、手伝うことがあったら言ってくれ。なんでもやるからさ」 「えぇ~? でもお義兄《にい》ちゃん何にもできないでしょ~?」 くすくす笑いながらキッチンへと向かう伊織。たしかに何もできないけど、少しは兄らしいことをしたい。『シンジ君て義妹《いもうと》ちゃんには優しいんだね』
真横に突然現れたカレンに思わずビクッとする。
「おう? 俺は誰にでも基本的には優しいんだよ」
ビックリしたことを悟られないように、ちょうど入ってきた伊織に顔を向けて会話を始める。「なぁ伊織、セカンドストリートって……何かしってるか?」
「え? なに? お義兄《にい》ちゃんにセカンドストリートに興味あるの?」 ちょっと、情報が欲しいから知ってるならば教えてもらおうかと思っただけだったが、意外と食い気味に上体を俺の方に寄せてきた。対面に座っている伊織の顔が今は目の前にある。――う~ん、ちかいよね。かわいいけど。俺が照れるよ。
「え? なに? 有名なのか?」
「お義兄《にい》ちゃんテレビとか音楽とか興味無いからねぇ……。部屋もなんかなんもないし」 ――あれ? 伊織さん、お義兄《にい》ちゃんの部屋に入ったことあるみたいな言い方だけどいつの間に入ったのかな? 最近か?なら危なかったなって今はそれはいいとして。「で、セカンドストリートってなに?」
焦る内心を表に出さないようにして伊織の方を向く。 「あ、うん。セカンドストリートっていうのは、今、わたしたち位の歳のコの間でめちゃくちゃ流行ってる女の子のアイドルグループだよ。あ、待ってて、私CD持ってるから」 伊織が二階へ駆け上がって行く。今更だけど、伊織は二階に、俺は一階に部屋がある。再婚した親父が増える家族のためにもともとあった荷物部屋を改築したのだ。戻ってきた伊織の手には数枚のCDが大事にぎられていて。
「はい、聞いてみて!」 笑顔のままの伊織から、結構な勢いのままに手渡されたものをじっと見つめる。もちろん俺にはそんなものに興味があったわけではない。そのまま伊織はキッチンまで歩いて行き、買ってきたものをエコバックから出して野菜を洗いはじめた。まいったな、と渡されたCDを一枚ずつ見ているとあることに気づいた。確認するように裏返してみると……。これから伊織がキッチンにて料理を作ってくれるというので、俺は何もすることが出来ない。ならばと自分の部屋で調べものをする事にした。ついでに時間が有れば先にシャワーを浴びたいので声がかかるまでに終わらせようと歩き出す。
リビングから自分の部屋まではそんなに距離がない。数秒で到着し部屋のドアを開けた。 部屋にドアを開けると、カレンがベッドに腰を下ろすような姿勢で浮いていた。 黙ったまま俺は椅子まで進みそこに腰を下ろした。 そのまま少し時間が過ぎる。「で? これからどうする?」
『え? あ、うん、もちろん、体をさがすんだけど……』 「わかった。なら明日から動こう。今日はもう少し考えを教えてくれ」言いながら俺は、勉強机の上にある何もない部屋にある唯一の電子機器のノートパソコンの電源を入れる。
先程のキーワードを検索するために。『聞いたんでしょ?』
「え? 何が?」振り向いた俺の横に、顔を近づけるように腰を曲げて覗き込むようにカレンが浮いていた。
先程の件もあってか、近いカレンの顔にドキッとする。やっぱりこのコもかわいいんだよねぇ。 なんて考える。と、起動中だったパソコンが立ち上がったので向き直り、先ほどのキーワードを検索にかかる。
『だから、セカンドストリートのことよ』
「ああ、まあ少しだけな」 カチッカチッとマウスを移動させながらそっけなく返す。『気づいてないわけないわよね? 私がそのセカンドストリートのカレンだって事』
「ああ、まあこれを見ちゃうとなぁ」 カチッカチッ『ちょっ!! 聞いてるの!? 私がカレンなのよ?』
「おわっ!!」 にゅ!! と机からカレンが顔を出す「なにすんだよ!! ビックリするだろが!!」
『だって、シンジ君がちゃんと聞いてくれてないんだもん!!』 「だからっていきなりこんな所から出てくるなよ!!」 『アイドルの私の顔をタダで近くで見られるんだから光栄に思いなさいよ!!』 フンって感じで顔をそらすカレン ――さすがアイドル怒った顔もかわいいすネ。初めて見かけたときもちょっと思ったんだけど。でもね。「誰だ? それは? 俺が知ってて今、目の前にいる知り合いは日比野カレンだ。セカンドストリートのカレンなんて女の子じゃないかなぁ」
カチッカチッとマウスを使いながらパソコン画面に出ている情報を一つ一つ確認していく。少しばかり時間が経過したが、その後カレンからは何も言葉は返ってくることなく、そのまま時間が過ぎていく。 ――あれ? 怒ったのかな? 内心ドキドキしながらベッドに視線を向けると、カレンは大人しく座るような恰好で浮いていた。彼女は俯《うつむ》いたまま。それでもまだ何かを発する様子が見えない。しかたないのでため息を一つつき、そのまままたパソコンに視線を戻して暫らくした頃、ようやく小さな声がベッドから発せされた。『ありがとうシンジ君』
「な、なんだよ急に」 ベッド視線を向ける。 『シンジ君はあたしと話をしてくれてたんだ』 「どういう意味だ?」 彼女が言っている事は察しは着くが、気恥ずかしさからとぼけてしまった『そういうことでしょ? アイドルのカレンじゃなくて、今日会って話をしてる、今目の前にいる日比野カレンと話をしているって事でしょ?』
「ま、まあなぁ……って言っても目の前に実際に居るとは言えないけど、だからと言って驚いてないわけじゃないぜ? 妹からも少し話は聞いたし、人気なんだろ? お前ら。でもな、俺の前で困ってたのは幽霊だった日比野カレンという存在の君だ。決してアイドルのカレンとして話しかけてきた訳じゃなかった。ただそれだけだよ」 『やっぱり、あなたでよかった……」 そう言ってカレンはまた下を向いた。――こういうときってどうすればいいのかよくわかんないな。 ま、まぁカレンが怒ったりしてなくてよかった。少し部屋も暖かくなった気がするし。さっきまでは何となく空気的に寒かったからなぁ……。と、とりあえず風呂にでも入ってくるかな? うんそうしよう。
カレンとの会話を続けることが今の自分には難しいと判断して、この場を一旦逃げる事にした。
「えと、カレン話は風呂入ってからでもいいかな?」 『え、ええ、別に構わないわよ?』 またカレンが下を向いた。――良かった。けど、なんかさっきとは雰囲気が違うな。
「じゃぁ、悪いけど」
『はい……どうぞ』 タンスを開けて着替えを手に持ち風呂場へと向かう為に部屋のドアまで向かう。チラッと見えたカレンが恥ずかしそうにしてたのは気のせいだという事にしておこう。そのまま廊下を歩いて脱衣所に着いて上着を脱ごうとした時あることに気付いた。真横にふわふわと浮いているモノがいることに「カレン」
大きなため息を一つついてそのふわふわ浮いている奴と向き合う。 『なに?』 「なんで君がここにいるの?」 『なぜって、私はあなたに憑《つ》いてるんだものあたりまえじゃない』 「…………」――なんですとぉおおおおおおおお!!
驚いている間にも思い出したことがある。あの時、確かにカレンは言っていた。
義妹《いもうと》ちゃんには手を出さない。
『私は今こんなだし? なら優しくしてくれてもいいんじゃない? 別にいいでしょ? 見られて減るものじゃないんだし』
「う、うるさいな! 俺は基本的に人には優しいんだよ!! というかそれと今の状況とは関係ないだろ!!」――まったく、なんなんだこいつは突然現れやがって。たしかに伊織には少し甘いかもしれないけど、おれは基本優しい人間なのに。
「ていうか、なんでお前家の中までついてくるんだよ」
『あらシンジ君、女の子を家から追い出そうなんする人が優しいなんて言えないんじゃない? それにこれから暗くなるし危ないじゃない、ネ?』 「ネ? ってたしかに女の子かもしれないけど、そもそも、お前今は人じゃないじゃん!! 夜とか昼とか内とか外とか関係ねぇだろ!」 『あら、やっぱり冷たい。シンジ君って困ってる人をほっとける人なんだ?』 「そ、それは……」 ごにょごにょと口の中で言いよどむ。『それに!』
俺に向けて指を突き立てるようにしながら顔をのぞきこんでくる。 「な、なんだよ?」 『その、お前ってやめてくれない? 気になってたのよね。今はこんなふわふわ浮いたりしてるけど、私にはちゃんとカレンって名前があるんです!!』 「お、おお? ご、ごめん。でも、その……俺は義妹《いもうと》以外に女の子を名前で呼んだことなんてないし、だいたい女の子と話すのだって、あんまりないっていうか……ほぼないいっていうか……」 下を向いて更に言いよどむ。 そう自慢じゃないが俺はクラスの中でも全然目立たない部類の男子だ。当然のことながら女の子と話すのなんてハードルが高すぎる。「お義兄《にい》ちゃん? 誰と話してるの? 電話中?」
キッチンにいたはずの伊織がドアを開けて顔だけ出している。
そういえば俺は誰もいないはずの小さな部屋で大きな声を出していたんだなと改めて思い直す。「い、いや、何でもないよ。誰とも話してない。テレビじゃないのか?」
あははははっと笑ってごまかす。 ――とりあえずこのままここで話してるのはまずいな。うん、よし。「じゃあ、悪いけど出来たら呼んでくれるか? 俺はこれからシャワーを浴びる、終われば部屋にいるから」
「うん、わかったぁ。もう少しだからまっててね」 素直に返事してくれるのは嬉しい。 「おっかしいなぁ、確かに話し声が聞こえたんだけどなぁ……?」 なんて言いながらも素直にキッチンに戻っていく伊織。――すまん義妹《いもうと》よ。兄ちゃんはウソをついてしまった。
キッチンに手を合わせてゴメンネと顔の前で手を合わせる。 数十分後に頭を拭きながら自分の部屋にはいった。 『シンジ君の部屋だぁ~、へぇ~、』 「おい! ふわふわしながら何を探してやがる!」 『そんなの決まってるじゃなぁ~い、男の子のへやにきたらやることはエッチな本を探すのがお約束でしょ?』 「いやいやいやいや、な、ないから!! そんなお約束もそんな本も」 『ほんとかなぁ~?』はぁ~まったくなんなんだよこのお嬢様は。同年代の女の子ってみんなこんな感じなのかな?だったら俺やっぱりついていけねぇや。それ以上にお前ホントに幽霊ちゃんなのか?全然違うじゃねぇか。
ベッドの端に腰を降ろして目の前をふわふわ浮かぶカレンを見つめる。ほんとに何でこんな子が幽霊なんかになったんだろう?「ちょっと、話してもいいか?」
『なぁに?」ふわっとした身体をこちらに向けて柔らかい笑みを浮かべるカレン
さっきまでは下を向いたり、横顔だったりで見えていなかったが、こうしてよく見るとやっぱり今時のお嬢様って感じの雰囲気のする、目鼻立ちのしっかり整った顔のアイドルっぽい顔をしている。どくっ
――あれ? 今、一瞬だけどなんか変な感じがしたけど気のせいかな?
「少し話してもいいか?」
『うん、そのためについて来たんだもん』 「なら家探《やさがし》しすんのもうやめてくれ」 『はぁ~い』 手を挙げたカレンが素直に机の前にある椅子に腰を下ろす。正確には浮いてるんだけど。「カレン……きみは自分の体は生きているって言ってたけど、何か心あたりあるの?」
『……ある……と思うわ』 「そうか……ならそのあるという根拠を話してくれないんじゃ俺にはどうしようもないよ。言いたくない部分は言わなくていいから少し聞かせてくれないか?」彼女の方を見ると、どうしようか迷った顔をして俯いていた。
「お義兄《にい》ちゃ~ん! ゴハンできたよぉ~!」
ドア越しに伊織の呼ぶ声が聞こえてベッドから腰を上げる。 何も話してくれないなら、この部屋に漂う冷たい空気と重たい空気から逃れたい。とりあえずメシでも食べに行こうかな。腹減ったし。カレンには悪いけど俺は生きてるし。『セカンドストリート……』
部屋のドアを閉める前にカレンが呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった――。
あなたは目が覚めた時、目の前に白い顔をしたかわいい少女がのぞきこんでいたことがありますか? しかも、アイドル級にかわいい顔が。 俺はあります。今まさにそう。 うらやましいって? ほんとに? ほんとにそう思いますか? それが人間じゃなくて幽霊でも?「んんくっ!!」
寝起きの俺の開眼して映った光景に言葉にならない声をあげた。 寝起きに隣に人じゃないモノがいた時でさえこんなに驚いたことはない。だって経験したことなかったから。そりゃ俺だって、青春時代?を送る男子高だし、こうゆうシチュエーションを夢に見ないやけではない。ただそれは生身の人にであって、けして幽霊にではないのだ。「お、おまえ、俺の夢の一つを勝手に壊すなよ」
『あら、やっと起きてくれたのね。さっきから前で待ってたのに全然起きないんだもん』 ようやくモヤの取れてきた頭を起こして体にかけていたタオルケットを上げる。時計を見ると昨日と同じような時間を指していた。 休日だというのにこの藤堂家はいたって静かだ。両親ともに仕事の都合でいないことが多いし、妹は俺と違ってコミュ力が高いから友達やらが遊びに来て出かけることがしょっちゅうだった。今日は伊織は部活とか言ってたっけ。昨日夕飯時にした会話を思い出す。『で? さっきの夢の一つって何よ?』
ふわふわとベッドの周りを浮きながらのぞき込んでいるこの人じゃないモノは、自称生きている日比野カレン。つまるところの[幽霊]さんだ。ある約束のために俺に憑《つ》いているらしい。「あー、別に……。たいしたことじゃないから忘れてくれ」
『えぇ~、気になるし』 「うるさいなぁ」 言いながら「うりうり」って感じに指で肩をつつこうとする。――体をつつくな!!どうせ通り過ぎてくんだから。
案の定俺の体を素通りしていくカレンはほっといて、とりあえず着替えをするついでに出かける用意もしてしまう。引きこもり気味の俺だが、一応出かけるとき用のための服はある程度持っている。まブランドものってわけじゃないけどね。『シンジ君、今日から始めるのね?』
「そうだな。昨日カレンから詳しく聞いた事を基にして、君の周りの人たちから情報を集めていくことにするよ」 『わかったわ。私も憑《つ》いていくからできる限り協力する』 ――あれ? 今なんか言葉のニュアンスが違ったような気がするけど。 むん! という感じで胸の前で腕を突き出すカレン。気合を入れてるポーズのようだ。そんなカレンを見て苦笑いする。「いいか、前もって言っておくけど、あんまり俺に近づくな。君たちみたいなモノが近くにいると寒いんだよ」
『なによぉ、そんなこと言って。あ、わかった! テレ? 照れてるんだ!!』 「ぶっ!!」 思わずむせる。「かわいい~」とかなんとか言ってるけど、俺はそもそも人じゃないモノとか嫌いなんだからな!! ま、確かにカレンはセカンドストリートっていうアイドルだというだけあって外見はかわいいんだけどな。 「しゃべらなきゃな……」 こころの声が漏れてしまっていた。 『え? なに?』 「なんでもねぇよ!いくぞ!!」 『あぁ~っと、まってよぉ~』 ――あぶねぇ~! 聞かれたらハズいじゃねか。それから夕方までカレンの学校の友達とか事務所とか立ち寄りそうなとことか、一応聞ける情報を集められるだけ集めてみた。途中、カレンの友達やらにカレシと間違えられたり、事務所の偉い人から関係を深く追及されストーカーに間違えられて、警察に通報されそうになったりと冷や汗をかく場面もあったが、後ろに憑いてきて来ていたカレンが助け舟的なアドバイスをくれておかげで何とかやり過ごすことができた。
そして思い知る。芸能関係に限りなく接点がない俺でも理解できるくらい、[セカンドストリートのカレン]はアイドルなんだということだ。『今行かなくてもいいじゃない?』『ほらほらあっちに川があるし皆でいこうよ!!』『しんじぃ~!! こら!! 無視するな!!』『伊織ちゃんは分かってくれるわよね?』 などなど。とてつもなく俺の後頭部がうるさいのはお約束のようなものだ。皆でいくと決めたからこそ今誰もいない集落の中を歩いて向かっているのだけど、入る前からしぶっていた母さんが一人でブツブツと言っている。 俺しか聞こえないのであれば、完全に無視することもできたのだけど、俺の隣を歩く伊織も聞こえているという事で、母さんから話しかけられた伊織はどうしたらいいのか分からず凄く困っている表情をしながら、俺の服の袖を二、三度くいくいと引っ張ってきた。 その度に気にするなと伊織に言っているのだけど、母さんにはちょっと弱いところがある伊織はどちらからの板挟みになってあたふたしている。「母さん」『ん?ようやく話を聞く気になった?』 赤い鳥居が身近に迫って来た時、俺は立ち止まり母さんに話しかけた。「あの周辺に何かあるのか?」『え? ど、どどど……どうして?』「どうしてって……。まぁその反応を見ただけで分かったよ」 はぁ~っとため息をつきながら母さんの方を見る。母さんは何とも言えない表情をしながら、俺から視線をフイっと躱した。「で? 何があるの?」『…………』「言わなくてもいいけどね。俺たちもうすぐ着くし」『はぁ~。……とりあえず行くのであれば鳥居の前までにしなさい』「そこまでは安全って事?」『今は……ね』 |今《・》|は《・》という意味深な言葉を最後に、その場での俺と母さんの会話は終了した。 それ以上は聞いても何も話をしてくれないと分かっているので、俺は再び先に進む為歩き出す。 立ち止まった時
すると、それまでは仕事をしていたのだから当たり前だと思っていた、工事をしていた時に使用していたであろうスコップ類やツルハシ、そしてヘルメットや軍手、中には食べかけで止めたような弁当の様な箱と水筒が、プレハブ小屋の周辺に散らばっている様子目に映る。「確かに……ちょっと変だね」「でしょ?」 ぼそっとこぼした言葉を拾った理央さんが返事をした。「……とりあえず、プレハブ小屋をみてみよう」「そうだね……」 俺が先に歩き出すと、俺の言葉を追って伊織もまた一緒に歩き出す。そしてプレハブ小屋の窓部分から中を確認する。「うわぁ……」「荒らされてる? ううん。荒れてるって言った方がいいのかな?」 ふと漏らした言葉に続いて中を覗き込んだ日暮さんからも、俺が言葉にしなかった気持ちと同じセリフが漏れ聞こえた。「ねぇ!! 中に入れるみたいよ!!」「「え?」」 小屋の入り口の扉をガラガラと開けつつ相馬さんが俺達に向け声を上げた。「鍵は?」「え? 開いてたよ?」「…………」 俺と日暮さんは顔を見合わせて黙り込んだ。――こういうところは相馬さんらしくて羨ましいな……。 先に何かあるかもしれないという様な恐怖心を全く感じさせること無く、その先へと行動に移せるところは素直に凄いと思う。 せっかくドアが開いて中が見れるというので、俺はそのままドアから中に入ることなく周辺を警戒しつつも様子をうかがう為に顔だけ入れてみた。 窓から見たときにも思ったけど、中は工事に関係する書類やファイル、工事道具やホワイトボードに書かれた公示予定表などが、働いていた人が最後にここにいた時、そのままの様子で残され
朝食を食べ終え、皆で片づけを終えると俺達は話をしていた場所へ向かう事にした。 初めは俺達だけで行く事に難色を示していた公平さんだったが、相馬さんが俺達なら大丈夫だと、いやなんなら伊織がいれば何かあった時に対処できると、ちょっと無理やりな感じではあったけど公平さんを説き伏せた。 確かに伊織がいれば何かあった時には困らないかもしれない。特に伊織のあの力が有るのであれば、ある程度のモノ達はどうとでもなるような気がする。 ただ、ただ表立ってそう言われると、俺という存在が一緒にいる事の意味が無いような気がしてくる。――確かにその通りなんだけどさ……。 がっかりと項垂れる俺を伊織と響子さんが慰めてくれる。相馬さんだって悪気が有って言っているわけでは無い事くらい、ここまで一緒に行動するようになってから分かってきたつもりだ。 それにしても、やっぱり目の前でそういう事を言われるのには慣れていたつもりだけど、実は地味に気にはなっているのである。「さぁいきましょう!! ん? どうしたの藤堂君」「いや夢乃あなたねぇ……」 俺が気落ちしている事に気が付いた相馬さん。首を傾げて俺を見ているのを見て日暮さんがちょっと話が有るからと少し離れた所に連れて行った。 何やら日暮さんに注意されているようだけど、相馬さんからは「え? どうして?」などという言葉が漏れ聞こえてくるので、俺の事をやっぱりあまり気にしていなかったようだ。ただ日暮さんからの注意を受け、かなりへこまされたようで、二人での話合いから戻って来ると、俺にすっごく頭を何度も下げつつ謝られた。 気にしてないと一応の対応はとっておいたけど、どうやらそれが虚勢だという事は伊織にはお見通しだった様だ。「大丈夫?」「ん? あぁ伊織か」 林の中――あの俺達が見た者たちが向かって行った先にある木々の間を歩いて向かっていると、俺の隣スッと並んできて顔を覗きこむようにしながら伊織が話しか
「公平さん。率直に聞きます。あの方向には何かあるんですか?」「あの方向?」 俺はスッと腕を上げ、その方向を指差すと、公平さんは俺の腕の方向へと視線を向けた。「っ!?」 そしてその方向を見て、目を大きく見開き驚愕の表情をする。「……君は……何かを見たのかい?」 視線はそのままで俺に声を掛ける公平さん。その声は少しだけ先ほどまでの声よりも低くなっていた。「そう言われるという事は、何かあるんですね?」「…………」「言いたくないのであれば別にいいですよ。このまま何もしないでいて、皆に何かあったら嫌なので後ほど確認しに行こうとは思ってますけど」「お義兄ちゃん?」 何も言わない公平さんに聞かせるようにして話をしていると、それを聞いた伊織が俺の方へと詰め寄ってきた。「何それ? 聞いてないんだけど?」「ん? だってこのままじゃ安心できないだろ? 確かに感じるのは俺と伊織しかいないかもしれないけど、皆に何も被害が出ないとは言い切れないわけだし。なら先手必勝?」「先手必勝って……ちょっと違うと思うよ?」「あはは。気にするな」 伊織と話をする間も、公平さんは視線を変える事無く俺が差していた方向を向いて動かなかった。「じゃぁ今日の予定はそんな感じ?」「え?」 公平さんを連れて来る時に一緒に来ていた平先生が、そこでようやく声を掛けてくる。「皆にもその事を言わないとね」「あ、いや。行くのは俺だけで――」「「ダメ!! (です!!)」」 元から一人ででも行こうと思っていたので、そう言おうかとしたら平先生と伊織から先にダメ出しをされてしまった。「じゃぁ私は皆を呼んでくるわね」 そういうと平先生は皆の方へと歩いていく。 その後ろ姿を見ていたら、公平さ
皆を起し終わり、市川父を手伝って火おこしの準備を整えていると、炊事場の方から色々な食材が綺麗にトレーに載せた皆が戻ってきた。それからかまどや昨日のバーベキューセットの上に鉄板や鉄の網を載せて、ジュ―!! と音を立てながら食材を焼いたりしていく。その隣で小さなかまどの上で小さな鍋を火にくべお湯を沸かす。このお湯は食事の時一緒に飲むスープやコーヒー用だ。 周囲にいい匂いが立ち込め始めると、いそいそと紙の皿を出したり、食材の入っているクーラーボックスから食パンやバゲットなどを取り出し始める理央さん達。準備ができたと市川母から声が掛けられる頃には、昇ってすぐの位置に有った太陽は少しだけ高くなっていた。「良しまずは食べよう!!」「いただきます!!」「「「「「いただきまぁす!!」」」」」 市川父が用意された椅子に腰かけながら声を掛け、キャンプ2日目の朝ごはんが始まった。 前日の夕飯は時間的には既に夜に差し掛かっていたこともあって、テントの準備や夕飯の食事の準備などで慌ただしく、周囲の様子は良く見えないまま火が通ってきたらすぐに食べ始めたので、朝になって自分たち以外がどのように過ごしているのかをようやく少し落ち着いた状態で見ることが出来た。 ちょっと離れた場所にテントを張っている人達も、朝食の準備をしている様で、忙しなく動き回っているのが視界に入ってきた。 ただ、キャンプ場自体が山間にあるという事もあり、ちょっと視線を樹々の生い茂る林の方へと向けると、静かに降り注ぐようにして視界を防ぐかのように漂う霧がその先を見る事の邪魔をしている。――たしかあっちの方へ行ったよな……。 深夜とも早朝とも言われる時間帯に見た者たちの移動していった先を見ながら、俺は手に持った食パンをかじる。 そんな俺の視線に気が付いたのか、視線を戻すと日暮さんが俺の方をじっと見つめていた。「真司君。なにか――」「あ、いたいた
伊織と向かい合ってお茶を飲んでいるが、伊織が何とも言えないデザインのパジャマを着ていた。――確かに可愛いとは思うけど、普段の伊織とのギャップが……。 などと考え事をしていると、それまでしていた衣擦れの音がしなくなっている事に気が付いた。「もう……いいよ……」「うん? 着替え終わったのか?」「うん」 伊織からの返事が返ってきたので、俺はようやく体の向きを変えることが出来た。そしてそんな俺の目の前には、先ほどまでの可愛らしさの有った服装とは打って変わって、動きやすさ重視なんだろうけど、それでいてスッキリとした形の黒のパンツと、季節と風景を意識して選んだであろうライトグリーンのシャツに、クリーム色のパーカーを合わせた姿の伊織がちょこんと座っていた。 ちょっとだけその姿を見て黙る。「な、なに? どこか変かな?」 俺が黙っている事で少し不安になった伊織が、自分の姿を見回した。「いや……。似合ってると思うぞ? うん。可愛いと……思う」「……ありがと……」 尻すぼみに小さくなった俺の言葉を受けて、伊織もまた小さく返事を返してくれた。その姿がどこか恥ずかしそうにしているので、俺もまた何故か恥ずかしくなってしまった。「じゃ、じゃぁ俺も着替えるよ」「う、うん。あ、私、朝ごはんの支度しに行ってくる!!」「おう!! 頼むな!!」「うん!!」 勢いよくテントから飛び出して行く伊織の後ろ姿を見送ると、俺もまたきがえをはじめるのだった。「おはようございます」「あら、おはよう。早いのね」 テントから出て伊織の事を手伝おうかと炊事場へと向かって行くと、そこには用意された野菜を手早くカットしていく市川母の姿が有った。「よく眠れた?」