「お義兄《にい》ちゃん聞いてる?」
「お? おお、聞いてる聞いてる。ま、まぁ急がなくていいからな、うん。あ、手伝うことがあったら言ってくれ。なんでもやるからさ」 「えぇ~? でもお義兄《にい》ちゃん何にもできないでしょ~?」 くすくす笑いながらキッチンへと向かう伊織。たしかに何もできないけど、少しは兄らしいことをしたい。『シンジ君て義妹《いもうと》ちゃんには優しいんだね』
真横に突然現れたカレンに思わずビクッとする。
「おう? 俺は誰にでも基本的には優しいんだよ」
ビックリしたことを悟られないように、ちょうど入ってきた伊織に顔を向けて会話を始める。「なぁ伊織、セカンドストリートって……何かしってるか?」
「え? なに? お義兄《にい》ちゃんにセカンドストリートに興味あるの?」 ちょっと、情報が欲しいから知ってるならば教えてもらおうかと思っただけだったが、意外と食い気味に上体を俺の方に寄せてきた。対面に座っている伊織の顔が今は目の前にある。――う~ん、ちかいよね。かわいいけど。俺が照れるよ。
「え? なに? 有名なのか?」
「お義兄《にい》ちゃんテレビとか音楽とか興味無いからねぇ……。部屋もなんかなんもないし」 ――あれ? 伊織さん、お義兄《にい》ちゃんの部屋に入ったことあるみたいな言い方だけどいつの間に入ったのかな? 最近か?なら危なかったなって今はそれはいいとして。「で、セカンドストリートってなに?」
焦る内心を表に出さないようにして伊織の方を向く。 「あ、うん。セカンドストリートっていうのは、今、わたしたち位の歳のコの間でめちゃくちゃ流行ってる女の子のアイドルグループだよ。あ、待ってて、私CD持ってるから」 伊織が二階へ駆け上がって行く。今更だけど、伊織は二階に、俺は一階に部屋がある。再婚した親父が増える家族のためにもともとあった荷物部屋を改築したのだ。戻ってきた伊織の手には数枚のCDが大事にぎられていて。
「はい、聞いてみて!」 笑顔のままの伊織から、結構な勢いのままに手渡されたものをじっと見つめる。もちろん俺にはそんなものに興味があったわけではない。そのまま伊織はキッチンまで歩いて行き、買ってきたものをエコバックから出して野菜を洗いはじめた。まいったな、と渡されたCDを一枚ずつ見ているとあることに気づいた。確認するように裏返してみると……。これから伊織がキッチンにて料理を作ってくれるというので、俺は何もすることが出来ない。ならばと自分の部屋で調べものをする事にした。ついでに時間が有れば先にシャワーを浴びたいので声がかかるまでに終わらせようと歩き出す。
リビングから自分の部屋まではそんなに距離がない。数秒で到着し部屋のドアを開けた。 部屋にドアを開けると、カレンがベッドに腰を下ろすような姿勢で浮いていた。 黙ったまま俺は椅子まで進みそこに腰を下ろした。 そのまま少し時間が過ぎる。「で? これからどうする?」
『え? あ、うん、もちろん、体をさがすんだけど……』 「わかった。なら明日から動こう。今日はもう少し考えを教えてくれ」言いながら俺は、勉強机の上にある何もない部屋にある唯一の電子機器のノートパソコンの電源を入れる。
先程のキーワードを検索するために。『聞いたんでしょ?』
「え? 何が?」振り向いた俺の横に、顔を近づけるように腰を曲げて覗き込むようにカレンが浮いていた。
先程の件もあってか、近いカレンの顔にドキッとする。やっぱりこのコもかわいいんだよねぇ。 なんて考える。と、起動中だったパソコンが立ち上がったので向き直り、先ほどのキーワードを検索にかかる。
『だから、セカンドストリートのことよ』
「ああ、まあ少しだけな」 カチッカチッとマウスを移動させながらそっけなく返す。『気づいてないわけないわよね? 私がそのセカンドストリートのカレンだって事』
「ああ、まあこれを見ちゃうとなぁ」 カチッカチッ『ちょっ!! 聞いてるの!? 私がカレンなのよ?』
「おわっ!!」 にゅ!! と机からカレンが顔を出す「なにすんだよ!! ビックリするだろが!!」
『だって、シンジ君がちゃんと聞いてくれてないんだもん!!』 「だからっていきなりこんな所から出てくるなよ!!」 『アイドルの私の顔をタダで近くで見られるんだから光栄に思いなさいよ!!』 フンって感じで顔をそらすカレン ――さすがアイドル怒った顔もかわいいすネ。初めて見かけたときもちょっと思ったんだけど。でもね。「誰だ? それは? 俺が知ってて今、目の前にいる知り合いは日比野カレンだ。セカンドストリートのカレンなんて女の子じゃないかなぁ」
カチッカチッとマウスを使いながらパソコン画面に出ている情報を一つ一つ確認していく。少しばかり時間が経過したが、その後カレンからは何も言葉は返ってくることなく、そのまま時間が過ぎていく。 ――あれ? 怒ったのかな? 内心ドキドキしながらベッドに視線を向けると、カレンは大人しく座るような恰好で浮いていた。彼女は俯《うつむ》いたまま。それでもまだ何かを発する様子が見えない。しかたないのでため息を一つつき、そのまままたパソコンに視線を戻して暫らくした頃、ようやく小さな声がベッドから発せされた。『ありがとうシンジ君』
「な、なんだよ急に」 ベッド視線を向ける。 『シンジ君はあたしと話をしてくれてたんだ』 「どういう意味だ?」 彼女が言っている事は察しは着くが、気恥ずかしさからとぼけてしまった『そういうことでしょ? アイドルのカレンじゃなくて、今日会って話をしてる、今目の前にいる日比野カレンと話をしているって事でしょ?』
「ま、まあなぁ……って言っても目の前に実際に居るとは言えないけど、だからと言って驚いてないわけじゃないぜ? 妹からも少し話は聞いたし、人気なんだろ? お前ら。でもな、俺の前で困ってたのは幽霊だった日比野カレンという存在の君だ。決してアイドルのカレンとして話しかけてきた訳じゃなかった。ただそれだけだよ」 『やっぱり、あなたでよかった……」 そう言ってカレンはまた下を向いた。――こういうときってどうすればいいのかよくわかんないな。 ま、まぁカレンが怒ったりしてなくてよかった。少し部屋も暖かくなった気がするし。さっきまでは何となく空気的に寒かったからなぁ……。と、とりあえず風呂にでも入ってくるかな? うんそうしよう。
カレンとの会話を続けることが今の自分には難しいと判断して、この場を一旦逃げる事にした。
「えと、カレン話は風呂入ってからでもいいかな?」 『え、ええ、別に構わないわよ?』 またカレンが下を向いた。――良かった。けど、なんかさっきとは雰囲気が違うな。
「じゃぁ、悪いけど」
『はい……どうぞ』 タンスを開けて着替えを手に持ち風呂場へと向かう為に部屋のドアまで向かう。チラッと見えたカレンが恥ずかしそうにしてたのは気のせいだという事にしておこう。そのまま廊下を歩いて脱衣所に着いて上着を脱ごうとした時あることに気付いた。真横にふわふわと浮いているモノがいることに「カレン」
大きなため息を一つついてそのふわふわ浮いている奴と向き合う。 『なに?』 「なんで君がここにいるの?」 『なぜって、私はあなたに憑《つ》いてるんだものあたりまえじゃない』 「…………」――なんですとぉおおおおおおおお!!
驚いている間にも思い出したことがある。あの時、確かにカレンは言っていた。
義妹《いもうと》ちゃんには手を出さない。
『私は今こんなだし? なら優しくしてくれてもいいんじゃない? 別にいいでしょ? 見られて減るものじゃないんだし』
「う、うるさいな! 俺は基本的に人には優しいんだよ!! というかそれと今の状況とは関係ないだろ!!」――まったく、なんなんだこいつは突然現れやがって。たしかに伊織には少し甘いかもしれないけど、おれは基本優しい人間なのに。
「ていうか、なんでお前家の中までついてくるんだよ」
『あらシンジ君、女の子を家から追い出そうなんする人が優しいなんて言えないんじゃない? それにこれから暗くなるし危ないじゃない、ネ?』 「ネ? ってたしかに女の子かもしれないけど、そもそも、お前今は人じゃないじゃん!! 夜とか昼とか内とか外とか関係ねぇだろ!」 『あら、やっぱり冷たい。シンジ君って困ってる人をほっとける人なんだ?』 「そ、それは……」 ごにょごにょと口の中で言いよどむ。『それに!』
俺に向けて指を突き立てるようにしながら顔をのぞきこんでくる。 「な、なんだよ?」 『その、お前ってやめてくれない? 気になってたのよね。今はこんなふわふわ浮いたりしてるけど、私にはちゃんとカレンって名前があるんです!!』 「お、おお? ご、ごめん。でも、その……俺は義妹《いもうと》以外に女の子を名前で呼んだことなんてないし、だいたい女の子と話すのだって、あんまりないっていうか……ほぼないいっていうか……」 下を向いて更に言いよどむ。 そう自慢じゃないが俺はクラスの中でも全然目立たない部類の男子だ。当然のことながら女の子と話すのなんてハードルが高すぎる。「お義兄《にい》ちゃん? 誰と話してるの? 電話中?」
キッチンにいたはずの伊織がドアを開けて顔だけ出している。
そういえば俺は誰もいないはずの小さな部屋で大きな声を出していたんだなと改めて思い直す。「い、いや、何でもないよ。誰とも話してない。テレビじゃないのか?」
あははははっと笑ってごまかす。 ――とりあえずこのままここで話してるのはまずいな。うん、よし。「じゃあ、悪いけど出来たら呼んでくれるか? 俺はこれからシャワーを浴びる、終われば部屋にいるから」
「うん、わかったぁ。もう少しだからまっててね」 素直に返事してくれるのは嬉しい。 「おっかしいなぁ、確かに話し声が聞こえたんだけどなぁ……?」 なんて言いながらも素直にキッチンに戻っていく伊織。――すまん義妹《いもうと》よ。兄ちゃんはウソをついてしまった。
キッチンに手を合わせてゴメンネと顔の前で手を合わせる。 数十分後に頭を拭きながら自分の部屋にはいった。 『シンジ君の部屋だぁ~、へぇ~、』 「おい! ふわふわしながら何を探してやがる!」 『そんなの決まってるじゃなぁ~い、男の子のへやにきたらやることはエッチな本を探すのがお約束でしょ?』 「いやいやいやいや、な、ないから!! そんなお約束もそんな本も」 『ほんとかなぁ~?』はぁ~まったくなんなんだよこのお嬢様は。同年代の女の子ってみんなこんな感じなのかな?だったら俺やっぱりついていけねぇや。それ以上にお前ホントに幽霊ちゃんなのか?全然違うじゃねぇか。
ベッドの端に腰を降ろして目の前をふわふわ浮かぶカレンを見つめる。ほんとに何でこんな子が幽霊なんかになったんだろう?「ちょっと、話してもいいか?」
『なぁに?」ふわっとした身体をこちらに向けて柔らかい笑みを浮かべるカレン
さっきまでは下を向いたり、横顔だったりで見えていなかったが、こうしてよく見るとやっぱり今時のお嬢様って感じの雰囲気のする、目鼻立ちのしっかり整った顔のアイドルっぽい顔をしている。どくっ
――あれ? 今、一瞬だけどなんか変な感じがしたけど気のせいかな?
「少し話してもいいか?」
『うん、そのためについて来たんだもん』 「なら家探《やさがし》しすんのもうやめてくれ」 『はぁ~い』 手を挙げたカレンが素直に机の前にある椅子に腰を下ろす。正確には浮いてるんだけど。「カレン……きみは自分の体は生きているって言ってたけど、何か心あたりあるの?」
『……ある……と思うわ』 「そうか……ならそのあるという根拠を話してくれないんじゃ俺にはどうしようもないよ。言いたくない部分は言わなくていいから少し聞かせてくれないか?」彼女の方を見ると、どうしようか迷った顔をして俯いていた。
「お義兄《にい》ちゃ~ん! ゴハンできたよぉ~!」
ドア越しに伊織の呼ぶ声が聞こえてベッドから腰を上げる。 何も話してくれないなら、この部屋に漂う冷たい空気と重たい空気から逃れたい。とりあえずメシでも食べに行こうかな。腹減ったし。カレンには悪いけど俺は生きてるし。『セカンドストリート……』
部屋のドアを閉める前にカレンが呟いた言葉を俺は聞き逃さなかった――。
あなたは目が覚めた時、目の前に白い顔をしたかわいい少女がのぞきこんでいたことがありますか? しかも、アイドル級にかわいい顔が。 俺はあります。今まさにそう。 うらやましいって? ほんとに? ほんとにそう思いますか? それが人間じゃなくて幽霊でも?「んんくっ!!」
寝起きの俺の開眼して映った光景に言葉にならない声をあげた。 寝起きに隣に人じゃないモノがいた時でさえこんなに驚いたことはない。だって経験したことなかったから。そりゃ俺だって、青春時代?を送る男子高だし、こうゆうシチュエーションを夢に見ないやけではない。ただそれは生身の人にであって、けして幽霊にではないのだ。「お、おまえ、俺の夢の一つを勝手に壊すなよ」
『あら、やっと起きてくれたのね。さっきから前で待ってたのに全然起きないんだもん』 ようやくモヤの取れてきた頭を起こして体にかけていたタオルケットを上げる。時計を見ると昨日と同じような時間を指していた。 休日だというのにこの藤堂家はいたって静かだ。両親ともに仕事の都合でいないことが多いし、妹は俺と違ってコミュ力が高いから友達やらが遊びに来て出かけることがしょっちゅうだった。今日は伊織は部活とか言ってたっけ。昨日夕飯時にした会話を思い出す。『で? さっきの夢の一つって何よ?』
ふわふわとベッドの周りを浮きながらのぞき込んでいるこの人じゃないモノは、自称生きている日比野カレン。つまるところの[幽霊]さんだ。ある約束のために俺に憑《つ》いているらしい。「あー、別に……。たいしたことじゃないから忘れてくれ」
『えぇ~、気になるし』 「うるさいなぁ」 言いながら「うりうり」って感じに指で肩をつつこうとする。――体をつつくな!!どうせ通り過ぎてくんだから。
案の定俺の体を素通りしていくカレンはほっといて、とりあえず着替えをするついでに出かける用意もしてしまう。引きこもり気味の俺だが、一応出かけるとき用のための服はある程度持っている。まブランドものってわけじゃないけどね。『シンジ君、今日から始めるのね?』
「そうだな。昨日カレンから詳しく聞いた事を基にして、君の周りの人たちから情報を集めていくことにするよ」 『わかったわ。私も憑《つ》いていくからできる限り協力する』 ――あれ? 今なんか言葉のニュアンスが違ったような気がするけど。 むん! という感じで胸の前で腕を突き出すカレン。気合を入れてるポーズのようだ。そんなカレンを見て苦笑いする。「いいか、前もって言っておくけど、あんまり俺に近づくな。君たちみたいなモノが近くにいると寒いんだよ」
『なによぉ、そんなこと言って。あ、わかった! テレ? 照れてるんだ!!』 「ぶっ!!」 思わずむせる。「かわいい~」とかなんとか言ってるけど、俺はそもそも人じゃないモノとか嫌いなんだからな!! ま、確かにカレンはセカンドストリートっていうアイドルだというだけあって外見はかわいいんだけどな。 「しゃべらなきゃな……」 こころの声が漏れてしまっていた。 『え? なに?』 「なんでもねぇよ!いくぞ!!」 『あぁ~っと、まってよぉ~』 ――あぶねぇ~! 聞かれたらハズいじゃねか。それから夕方までカレンの学校の友達とか事務所とか立ち寄りそうなとことか、一応聞ける情報を集められるだけ集めてみた。途中、カレンの友達やらにカレシと間違えられたり、事務所の偉い人から関係を深く追及されストーカーに間違えられて、警察に通報されそうになったりと冷や汗をかく場面もあったが、後ろに憑いてきて来ていたカレンが助け舟的なアドバイスをくれておかげで何とかやり過ごすことができた。
そして思い知る。芸能関係に限りなく接点がない俺でも理解できるくらい、[セカンドストリートのカレン]はアイドルなんだということだ。買い物をする間、伊織の周りをふわふわ回りながら難しい顔したり、急に喜んだりしながらもカレンは大人しくついてくるだけで伊織はもちろん俺にも話しかけてくる事はなかった。 正直ほっとした。カレンと話してるところを見られたら、誰もいないところを見ながら独り言を話している危ないやつだと思われるのはまず間違いない。 俺たち家族に関係ない周りの奴らにどう思われてもいいが、一応なついている? 義妹《いもうと》の伊織には外面だけはいい兄貴でいたいと思っている。「お義兄《にい》ちゃん、すぐに作り始めるから少し待っててくれる?」 いつの間にか家に着いていて、更にいつの間にかすでにリビングに立っている。買い物してたって記憶はあるけど、帰ってきたっことが全く覚えてない。でもしっかりと両手には買い物袋を持っている。 ――あれ? マジでいつの間に帰って来たんだっけ……?「お義兄《にい》ちゃん聞いてる?」「お? おお、聞いてる聞いてる。ま、まぁ急がなくていいからな、うん。あ、手伝うことがあったら言ってくれ。なんでもやるからさ」「えぇ~? でもお義兄《にい》ちゃん何にもできないでしょ~?」 くすくす笑いながらキッチンへと向かう伊織。たしかに何もできないけど、少しは兄らしいことをしたい。『シンジ君て義妹《いもうと》ちゃんには優しいんだね』 真横に突然現れたカレンに思わずビクッとする。「おう? 俺は誰にでも基本的には優しいんだよ」ビックリしたことを悟られないように、ちょうど入ってきた伊織に顔を向けて会話を始める。「なぁ伊織、セカンドストリートって……何かしってるか?」「え? なに? お義兄《にい》ちゃんにセカンドストリートに興味あるの?」 ちょっと、情報が欲しいから知ってるならば教えてもらおうかと思っただけだったが、意外と食い気味に上体を俺の方に寄せてきた。対面に座っている伊織の顔が今は目の前にある。 ――う
『ねぇ、ちょっと、聞いてる? もしもーし』 そんな事口にしながらふわふわと俺の周りをまわっている。――人の周りをぐるぐる回るなうっとうしい! こういうやつもたまにいるから、なるべく目線を合わせないようにしてんのに! 心の中でぼやきながらも何もなかったようにして伊織と話をしながら買い物に行こうと歩を進める。 その間も周りをふわふわしながらギャーギャー言っているようだが、まったく相手をせずに……いや、やっぱり多少は気になってしまう。 小さい頃も何度かそのモノ[幽霊」たちの言う事を聞いてあげたり相談に乗ってたりしていたからだ。おかげでほんの些細《ささい》な事から事件になりそうになったことまである。いや、確か一回新聞にニュースとして取り上げられたことがあったような気がするが……まぁ今はいい。 そんなことばかりしていて気づいた事がある。むやみやたらとそのモノたちの言う事、頼みごとを聞いてはいけないということだ。大半はろくなことがない。『こら、ちょっと話ぐらいききなさいよぉ。ゴメンきいてもらえないかな?』『ね? お願いします!』 回り込んできたそのモノがペコっと腰を折るくらいに曲げて懇願してきた。 「ッ!!」 歩みを止めて額に手をあてて考え込んでしまう。 そんな俺を少し離れて歩いていた伊織が少し横を通り過ぎて不思議そうに顔を覗き込んでくる。「お義兄《にい》ちゃん?」 つくづく俺は俺が嫌になる。守りたい大事なもの存在が近くにいるのにそのモノの話を聞いてあげたいと思ってしまっている自分に腹が立つ。 でもここで無下にしてしまって、伊織にもしもがあってはそれこそ自分が許せなくなるだろう。「ん? あぁ、ちょっと寄りたいトコがあるから、悪い伊織、先に店に行っててくれないか?」「あ、うん。それは大丈夫だけど、お義兄《にい》ちゃんこそ大丈夫? なんか顔色良くない感じがするけど」
霊感があるって人前で自慢げに話す人がいますけど、あれってホントなのかな? 普通に生活するには、視えても得はないのに……いや得どころか良いことなど一つもないのに。 それに視えている人間は人前では本当のことを言わないと思う。 それはなぜか。 それまで友好的に築いてきた繋がりが終わりを告げ、告白した後に変な関係になりたくないし、気まずい空気にはしたくないから。 それが、それまでの生活や友達関係を特に守りたいと思っている人なら、なおさらその想いは強くなるだろう。 俺には……そんな事たぶんできないと思う。 それが良い事なのかどうなのか結構な頻度《ひんど》で考えるけど、結局の所、その自問に対する答えは今まで出なかった。 これから先も、出ないかもしれないと俺は思っている。もしかしたら出なくてもいいのかもしれない。 だから俺は人との繋がりをなるべくは絶ってきた。話しかけられたりすれば返す事はするし、何かを誰かと一緒にやらなくてはいけない事などは断ることは無いけど、それ以上は踏み込まない。踏み込ませないという体を取り続けている。 下手に仲良くなって詮索されたくないし、俺はあまり他人《ひと》に興味がわかない。 その成果はもちろん学校生活に影響を及ぼし、友達と言えるようなクラスメイトはできたことが無い。いつも顔見知り以上知り合い未満。 そのまま大人になっていく。それでいいと思っている。 いつか、この考えの変わる日が来るのかは分からないけど、俺は俺のままでいられればいい。 たとえ、人でないモノが視《み》えるこの世界の中でも、俺は俺のままがいい。 このまま一人でも構わないと思っていたんだ。 あの時、あの場所までは――。『こんにちはシンジ君』 色白で卵型の可愛い顔をした女の子が話し掛けてくる。年齢的には高校二年生の俺と変わらないくらいだ。彼女は俺を目の前にして、腰を下ろした。 現在、学校の授業の真っ最中である。『今日は晴れて気持ちいいよね』 彼女は普通に話し掛けているが、状況は普通じゃない。俺は窓際の席にいて、その窓のほうに顔を向けている。つまり、彼女が俺の正面にいるということは、窓の外から話し掛けてきている状態なのだ。 ちなみに、ここは三階建て校舎の二階。梯子でも使わなければ俺の正面にいるなんてできな